祖父の祖父は「日本の資本主義の父」と称される人物なのに、実業家の渋澤健さん(58)がその人を強く意識したことはなかったという。電話帳ほどある分厚い著書に目を通したのは、起業を志した40歳の時

 その人とは渋沢栄一、新1万円札の肖像画になる偉人である。機知に富む言葉が、やしゃごの身に染みたのは言わずもがな。経営者一人が大富豪になっても、社会の多数が貧困に陥ればその幸福は継続されない―。渋澤さんが特に心に刻んだのは、経済は道徳があってこそという教えだ

 「いまの時代も、似た課題を抱えています」と、徳島新聞社の政経懇話会で講演したのが4年前。この間、世界では自国第一主義を振りかざすリーダーが誕生し、貧富の格差は日本でも広がっている。渋沢の言葉は重みを増している。1万円札の肖像画になったのは時代の要請かもしれない

 渋沢の言葉は首相もたびたび引用している。紙幣の様式を最終決定するのは財務相というから、首相の「本命」を優遇した感が強い

 政府は偽造防止を図る定期の刷新と言う。5年も先の刷新を発表とは、改元の祝賀ムードに重ねた人気取りでは

 政権の思惑はそれとして、渋沢には5千円の津田梅子、千円の北里柴三郎と連れ立ち、国民の懐に飛び込んでもらいたい。くれぐれも、袖の下には迷い込まないよう。