奈良の大仏を建立した聖武天皇の世は災害、疫病、政変と社会の混乱が続いた。天皇は後代に伝わる有名な言葉を残す。「責めはわれ一人にあり」。全ての責任は為政者たる私にある、と言い切ったのである。政治家の心構えとして今も光を放つ一言だ

 では逆に、そうであるなら、われら民草は何もかも政治のせいにしておけばいいのか。無論、そんなことはあるまい

 およそこの国の歴史が始まって以来、繰り返し繰り返し国の力が試されるような自然災害に直面してきた。その教訓の一つが今風に言えば「自助」である

 いかに社会が発展しようとも、公の力には限界がある。殊に大災害時、公の救済を当てにしていては手遅れになる場合もあろう。まず頼りになるのが自分たちの力。聖武天皇の言葉を借りるなら「生き残る責任はわれわれ一人一人にもある」

 阪神大震災から21年。忘れがちになる「自助」の大切さを再確認しておこう。合わせて「共助」も。つぶれた家屋から助け出してくれたのは、隣近所の人ではなかったか

 神戸市のまちづくり専門家は言う。「阪神で一番悔やんだのは、一人一人を大切にすべきだと気づいていなかったこと」。誰もが生き生きと暮らせる地域。その総合力は復興でも問われる。そして、それは一朝一夕には養うことができない。忘れずにいたい。