誠に憂鬱(ゆううつ)ではあるが、うなずくほかはない。<私たちは終身学習刑を宣告されている>。フランスの脚本家ジャンクロード・カリエールさんの言葉である。対談集「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」(CCCメディアハウス)に見える

 相手は先日亡くなったイタリアの哲学者ウンベルト・エーコさん。「薔薇(ばら)の名前」「フーコーの振り子」といったベストセラー小説の作者としても知られる

 知性と知性が激しくぶつかり合う中でエーコさんは言う。<我々が生きている現在はかつてのように穏やかではなく、たえず未来に備える努力を強いられているのです>。冒頭の言葉はこんな文脈で発せられた

 先の世代の経験をそっくり受け継いでいれば生き抜けた時代が、長く続いてきた。「かつて」に幕が引かれたのはいつのことか。分野によっては、それほど昔というわけでもあるまい

 ところがどうだ。とりわけインターネットが一般化してから、時間は猛烈なスピードで進んでいる。革新的な技術もすぐに陳腐化しそれを使う我々は、新たな技術の習得に追い回されている

 分厚くなる一方の使用説明書に愚痴の一つも。そんな暇があるなら、エーコさんの記号論でも借りて世界を見詰め直そうか。しかし、そもそも記号論って何だ。どうやら終身学習刑に逃れようはないらしい。