出生率回復のお手本としてもてはやされるフランスが、どれほど長きにわたって出生促進政策に力を入れてきたか。聞けば驚くが、1870年の普仏戦争で敗北してからというのである

 人口問題研究所所長も務めた人口学者河野稠果(こうのしげみ)さんの著書「人口学への招待」(中公新書)によると、19世紀後半から20世紀にかけて、フランスの20代、兵役年齢人口はドイツの半分だった。これでは永遠にドイツには勝てないとの強迫観念があったらしい

 第2次大戦後、出生率は3・0まで上がった。それでも、まだ足りないと言われたそうだ。フランスの人口政策とは<1世紀以上にもおよぶ“臥薪嘗胆(がしんしょうたん)”の物語>。日本の1・42を大きく上回る合計特殊出生率2・0は付け焼き刃の政策で達成されたものではない

 総務省が公表した2015年国勢調査の速報値によると、日本の総人口は1億2711万47人。1920年の調査開始以来、初めて減少した

 徳島県も75万6063人と、前回10年の調査に比べて約3万人減った。人口減で本県は先頭集団を走る。保育環境の充実など、対策でも先駆けないと、地域社会の維持すらおぼつかない

 子どもを産み育てやすい社会に。働く女性に代表される、そんな声にこの国はどれだけ応えてきたか。地方にいれば分かる。政治家の切迫感、まだ足りない。