「過ち」を犯したのは誰か。広島市の平和記念公園にある原爆慰霊碑の碑文を巡って、1952年の建立当初から、何度も論争が起きている

 「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」。主語をわれわれ日本人とした場合と、原爆を落とした米国とした場合では、おのずと意味は違ってくる。ただし、いずれも本意からは遠い

 広島市のホームページにはこうある。<「過ち」とは一個人や一国の行為を指すものではなく、人類全体が犯した戦争や核兵器使用などを指す>。つまり主語は「人類」であって、繰り返さぬと誓うのは、全世界の人々でなければならない。これが本意だ

 しかし現実はよほど遠い場所にあった。核兵器は必要悪との考えが今も世界の主流である。だから、そもそもの趣旨を曲解する余地も出てくる。先進7カ国の外相が慰霊碑の前に立つのでさえ、原爆投下から70年余の歳月が必要だった

 外相会合では、各国指導者の広島・長崎訪問を希望する「広島宣言」が発表された。被爆地を訪れる意義は言うまでもない。ここから、今から再び始めないと

 ケリー米国務長官は、被爆の実相を「世界中の全ての人々が見て、感じるべきだ」と原爆資料館で記帳した。「全て」の中には「核兵器なき世界」を提唱したオバマ米大統領も、当然に含まれるはずである。