本来、人間は安楽に暮らしていたのに、神の怒りに触れ、楽園から追放されてしまう。これに類する物語は、旧約聖書だけでなく、ギリシャ神話にも見られる

 筋書きもさまざまあって、ここでは19世紀に活躍した米国の作家トマス・ブルフィンチの「ギリシア・ローマ神話」(角川文庫)に従う。登場するのは、人間をつくったプロメテウスと弟エピメテウス、それにパンドラである

 プロメテウスは、天上の火を盗み、人間に与えた。収まらないのは神ゼウスだ。兄弟と人間を罰するため、男しかいなかった地上へ「女」をつくってよこした。断っておくが、これは神話である

 弟の妻になった最初の女パンドラは、好奇心から、家にあった壺のふたをこっそり開けてしまう。たちまち封印されていた、あらゆる災厄が飛び出した。「パンドラの箱」の由来である。ルネサンス期の人文学者エラスムスが、壺を「箱」に改め、成句としたらしい

 地上に広がった災いは、壺に納め直すことはできない。どんな困難に直面したとしても、もはや、人知で立ち向かうよりほかはないのである

 今、考えるいとまがない、という人も、物語の結びに注目してほしい。災いがあふれ出た後、たった一つだけ、壺の底に残っていたものがあった。<それは希望だったのです>(同書)。明けない夜はない。