<目には青葉->と、これまでどれだけ引用されたか知れない句を持ち出せば、筆は自然とありきたりへと流れるもので。ご賢察の通り、初鰹(がつお)の話である

 江戸時代の人々は初物を愛した。近世風俗史の基礎文献「守貞漫稿(もりさだまんこう)」によると、値段は1匹2、3両。1両10万円として20~30万円、人気が落ちた幕末でも5万円を超す値が付いた。粋にも応分のお金が必要だったのである

 もっとも、鰹は足が早い魚。保存技術に乏しい当時、魚河岸に上がって時間がたてば、値は暴落した。庶民が手を出せるのは、この頃だ。こんな川柳がある。<はずかしさ医者へ鰹の値が知れる>

 「借金しても」と、威勢よく買い込んできた亭主だけならともかく、子の食あたりを心配したのだろうか。せっかくの初鰹を煮てしまう妻がいた。<女房の我意をあらわす煮た鰹>

 寿命が七十五日延びると信じた江戸っ子の、初物へのこだわりは鰹に限らない。それを当て込み、熟していない果実が出回ることがあり、農産品や魚の出荷時期を定めたお触れを、幕府は何度も出している

 旬を忘れかけた目で見れば、何やら楽しげである。今は鰹も年中あって、ありがたみは薄れたが、ここは時季です、たたきでも刺し身でも。冒頭の句は<-山時鳥(ほととぎす)初松魚(がつお)>と続く。作者は松尾芭蕉にも影響を与えた俳人、山口素堂。