徳島生まれの青色LEDはこれまでに少なくとも2度、世間を仰天させた。20世紀中の実用化は無理との定説を覆し、1993年に開発、お披露目されたのが最初。お次は2004年、発明の対価を争った訴訟で東京地裁が出した200億円の支払い命令である

 200億円は、発明者の中村修二さんが日亜化学工業に求めた満額だった。これはほんの一部。判決は対価を604億円と算定したからさらに度肝を抜いた。訴訟は後に8億円余りで和解決着したものの、巨額判決の衝撃は語り草だ

 同じように、驚きが走るだろうか。「特許の対価が低すぎる」。画期的ながん治療薬で知られる「オプジーボ」の製薬会社に中村さんとはノーベル賞仲間の本庶佑さんが怒り、対価の増額を求めた

 本庶さんはオプジーボの共同開発者。契約時の説明が不正確だったので、会社の支払った26億円は不当だと主張する。弁護士は「千億円でも少ない」と。得た対価を基金に充て、若手研究者を支援するという意向は貴い

 製薬会社にも同情する側面がある。新薬の開発は通常10~15年かかるとされる。成功率は数万分の1で、費用は千億円単位とも。わずかな可能性に膨大な時間とお金を費やしているのだ

 青色LEDと並ぶ一級の開発である。対価の行方はどよめきか、拍子抜けか。ああ、見通せない。