年輪を重ねると大木になり、いつしかその森の礎ともなる。世界的演出家だった蜷川幸雄さんは、うっそうとした演劇の森に分け入り、後進を育て豊かな森に変えた

 本紙に毎月、掲載していた「NINAGAWA劇談」に証しが残る。稽古場で灰皿がいくつ飛んだのかは分からないが、皿には若手俳優の可能性にかける情熱が乗っていただろう

 4年前の舞台「日の浦姫物語」では、せりふが棒読みの藤原竜也さんに<なんで抑揚がないんだよ>と怒り、戯曲を読めていないことに<想像力がないのか>と叱った。立ち稽古に入った日。藤原さんはそう言われるのを喜びながらも、悔しくて泣いた。そして<まだまだ闘わなきゃ>と言って帰った

 自分を疑え、自分を問えと、げきを飛ばした蜷川さん。自らもシェークスピアやギリシャ悲劇と格闘し、命を削った。観客の思いをすくい取りたい。日常から解放されたいと願って劇場に足を運んでもらえるだけの重さがあるか、と問い続けた

 大竹しのぶさん、渡辺謙さん…と縁あって出会った人たちが、12日に旅立った蜷川さんに言葉の花束を贈った。一生の宝物をもらったと

 「NINAGAWAマクベス」を生み出し、世界が称賛を惜しまない劇空間を築いた巨匠。その歩みをたどりながら、もう一度、観客の一人になりたかったと思った。