<行状は世の中の鑑となり、人の善悪邪正を糺明し、賞罰を執るべき職分にして、少しも奢らず、また諂はず、いささかも欲なく、身命を国家に抛ちて忠を尽し、孝を立つべきものなり>(「世事見聞録」岩波文庫)

 自序に文化十三年とあるから1816年。江戸時代も、始まって200年余りたったころである。世相の乱れを嘆く筆者の武陽隠士。読むには結構煩わしい古文だが、かみしめてみれば、当時の支配層だった武士の心構えとして味な文句を並べている

 これに限らず、為政者の在り方を説いた書物は古来、掃いて捨てるほどある。政治というものが始まって以来、民の目にかなう政治家より、そうでない者が圧倒的だったからだろう。誘惑の多い仕事である

 疑惑が取り沙汰される舛添要一東京都知事が、会見で2回目の釈明をした。報じられている行状は<世の中の鑑>からは程遠い。自らの口で疑惑に答えるのかと思ったら、「第三者の厳しい目で調査してから」の一点張り。逃げの一手

 世間との感覚のずれが問題になっているのに、これでは不信の火に油を注ぐようなものである。都民への謝罪も、謝罪とは受け取られまい

 武陽隠士の来歴は知れないが、腹に据えかねることばかりだったらしく、筆は怒りに震えている。その気持ちも想像できる、見苦しい会見だった。