鳴門市と福島県の会津若松市は浅からぬ縁がある。両市を結んでいるのが会津若松出身の松江豊寿。第1次世界大戦時、板東俘虜収容所の所長として、ドイツ兵捕虜を人道的に処遇した。「武士の情け」でも知られる。それがベートーベン「第九」のアジア初演につながった

 松江の父は旧会津藩士で、薩摩、長州を主体とした新政府軍と戦火を交えた。会津藩が開城降伏してから、父は旧藩士と家族ら1万7千人と共に、不毛の地だった斗南(青森県)に移住。浮浪者のような暮らしを強いられ、辛酸をなめた

 その戊辰戦争から4年後に生まれた松江は、父の労苦を唇をかみながら聞き、育った。節を曲げなかった旧藩士の生き方も、学んだのだろう

 思い出すのは、松江を主人公にした映画「バルトの楽園」公開前に取材した時のこと。地元の歴史家から「会津の戦後の地図です」と広げられたのを見て「ここから昭和が始まったんですね」と相づちを打った途端、こう言われた。「会津で戦後といえば戊辰戦争後のことでしょ」

 戦後の痕跡を歩いてたどる歴史探訪が今年から2018年までの3年間、会津若松で繰り広げられる。歴史の再発見や観光振興の機運を盛り上げるという

 18年は特別な年となる。戊辰戦争から150年、第九初演から100年。鳴門市には松江の銅像が建つ。