「芋粥(いもがゆ)に飽かむ」。飽きるほど食してみたい。40年余りの平凡な人生を貫く、ただ一つの欲望だった。芥川龍之介、「芋粥」のさえない主人公。ひょんなことから夢がかなってしまう
男の生きた平安時代、天皇の食膳にも上った無上の佳味が、目の前の器にあふれんばかり。男は食欲を失ってしまう。そして芋粥に憧れていたころの、哀れだが幸福だった自分を懐かしむ。夢は夢のままで。人にはそんなところがある
男が望んだのが、もし薬物だったらどうだろう。覚醒剤は近代になって生まれたものだから、仮定自体、成り立たないのだけれど、恐らく欲望は尽きなかったに違いない。もっともっと、と薬を求める男など名作も台無しである
薬物を断つのは難しい。覚せい剤取締法違反罪で有罪判決を受けた元プロ野球選手清原和博被告も、週刊誌報道で自身に疑いの目が向けられていることを知りつつ、やめられなかった
覚醒剤事件で摘発される65%が再犯者という。清原被告と同じ40代では、再犯率は70%を超すそうだ。保護観察は付かず、自力で更生を目指すが道は険しい
夢をかなえた人の心の空白は推し量りようもない。ただ今は、薬物に頼らない平凡な日常を取り戻すのが先決である。決して一人ではない。多くのファンに見守られている幸福を、忘れないでもらいたい。