「部活動の主役は生徒。一人一人、あるいはチームがそれぞれの夢や目標をかなえられるよう、関係者と連携して支えていく」。高校スポーツ界をまとめる大役を任され、言葉の端々に強い使命感をにじませる。

 県の県民スポーツ課や体育学校安全課で競技環境の整備などに尽力してきた。今春校長として赴任した鳴門渦潮高では、保有する優れた練習設備を外部に開放するなど柔軟に運用し、県全体の競技力向上を図ろうと考えている。

 3年後の2022年には四国で全国高校総体(インターハイ)が開かれ、徳島では陸上やサッカーなど6競技が実施される予定。来夏の東京五輪などビッグイベントが控える中、「高校スポーツの振興を通じ県内の機運を盛り上げたい」と話す。

 自身は阿波中を皮切りに脇町高、広島大でバレーボールに打ち込んだ。平成元年の1989年に体育教員に採用されてからは、赴任先で指導者として手腕を発揮。脇町高では「春高バレー」など6度の全国大会出場を果たした。

 残念ながら全国で勝利の美酒は味わえなかったが「生徒たちは敗北から多くのことを学んでくれた」。現在は県内の小中高校で教員として後進の育成に携わっている教え子も多い。

 少子化による部員不足や指導者の減少など部活動を取り巻く課題は多いが「高体連として、生徒のために何ができるかを考えながら運営していく」。阿波市阿波町の自宅で妻、母と3人暮らし。57歳。