米国大統領から贈られた銀製のメダルが、美波町志和岐に伝わっている。戦時中の金属供出で8個まで失われ、ただ一つ残った。こんな物語がある

 1892(明治25)年7月23日のことだ。茶や雑貨を積んで神戸港を出航し、ニューヨークへ向かっていた米貨物船ノース・アメリカン号(1520トン)が、志和岐の岩礁で座礁した。折からの台風で打ち寄せられたのである

 急を知った村人が、海際の崖に駆け上がると、甲板を洗う白波の間から助けを求める声。風浪怒る中、命の危険も顧みず、マストに綱を渡して1人ずつ救出した。落ちた船員は、海に飛び込んで岸へ引き上げた

 その話を子どもの頃、助けに行った近所の古老からよく聞かされたという森本繁春さんは85歳。若い時分は魚を追って、東シナ海からベーリング海まで荒波をくぐってきた。遭難の危機も何度か

 「同じ海で生活している者同士、助けるのが当たり前といった気風があるんです。何に使うか見当がつかず、明治の漁師はお礼にもらったブーツを頭にかぶったといいます。そんな時代はもちろんのこと、今だって」

 メダルは22人の船員を救った村人の勇気をたたえ、謝金250ドルとともに届いた。当時の邦貨で約900円。周囲の漁村がうらやむほどの漁網を購入したそうだ。郷土の歴史、捨てたものではない。