山中で男の死体が見つかった。捕らえられた盗賊、男の妻、果ては巫女に呼び返された男の死霊も、われこそ犯人だと主張する。誰がうそをついているのか。それとも誰もがうそをついているのか。芥川龍之介の小説「藪の中」である

 この物語も、真相はまだ藪の中といった方がいい。トルコで起きたクーデター未遂は、エルドアン大統領の言う通り、イスラム教穏健派指導者ギュレン師が黒幕とは、にわかに断じがたい

 事態は、強権的にイスラム化を進めてきた大統領の都合のいいように運んでいる。停職処分1万人以上、拘束者は7500人を超すという。敵対するギュレン師支持者を一掃する意向らしい。自作自演がささやかれるのも無理はない

 反乱を口実に死刑制度を復活させたいようだ。「人々が望むものを手に入れるのが民主主義だ」と大統領。死刑のある国から批判するのも気が引けるけれど、少なくとも民主主義という用語の使い方は誤っている

 死刑廃止は欧州連合(EU)加盟の条件だが、全く意に介していない。民主化の後退が懸念される。北大西洋条約機構(NATO)の一員、トルコの大きな曲がり角である

 「藪の中」を下敷きに黒沢明監督は映画「羅生門」を撮り、世界から絶賛を浴びた。クーデター未遂を機に、トルコは世界に何を問うつもりなのだろう。