71年前の、ちょうど今ごろのことである。野茨(いばら)の花咲く満州の荒野で男は待っていた。中立条約を破棄して侵攻してきたソ連軍を。爆弾を背負って戦車に取り付き自爆する「肉攻手」、陸の特攻隊だった

 <この思い人に強いむと思わざり健けくあれ故里人よ>。一斉砲火を浴びた。戦車の襲来を待たず、仲間は次々爆死していく。「爆弾を体から離せ。誘爆するぞ」。中隊長の声がした

 慌てて遠ざけた途端、爆発し、気を失った。意識が戻ると、中隊長は銃弾に額を割られ、倒れていた。白の軍装、覚悟の戦死だった-。戦後、郷里の熊本で教師になった男は、この話を繰り返し家族に聞かせた

 命の恩人には違いない。けれども、死地をさまよった人間の感情は複雑だ。わだかまりが消えなかった。戦争から半世紀近くたったある日、吐き出した。「あの人は、俺ば肉攻手に選んだとたい」。誰よりも仲の良かった俺を、なぜあんな目に遭わせたのか

 部隊は、関東軍の主力を退却させるための捨て石だった。生きては帰れない。ならば同じ学徒兵、文学談義も交わした信頼できる部下と共に。中隊長は、そう考えたのではないか。家族の言葉に、男は絶句した。50年分の涙が頬を伝った

 生前、中隊長の墓参りをしている。<亡き人の生い育ちたる海よ山よ阿南の春は夕霞して>山口純彦。