訃報に接し、松山善三さんが初めて監督を務めた映画「名もなく貧しく美しく」を改めて見た。1961年の作品である

 子どもの死、親の障害を恥じる息子の反抗、身内の裏切り…。耳の不自由な夫婦が、降りかかるさまざまな苦難を乗り越えて、ささやかな幸せをつかむ。障害を手掛かりの一つに、人間の心の内を深く問うた

 半世紀も前の作品だから、今では差別語や不快用語となっている言葉も当たり前の顔をして出てくる。「私たちのような者だから」。夫婦が何度か口にしたせりふは当時の社会のありようを如実に示している

 障害がある。だから不幸であって当然ではないか、と社会はそう見、当事者も諦めることが多かったに違いない。そんなのおかしいじゃないか。松山さんも後年、サリドマイド被害に遭った女性を描いた「典子は、今」を撮り、障害者の自立と社会参加を訴えた

 「名もなく-」の時代から、どれだけ遠くまで来られただろう。使う言葉は変わったが、深いところをのぞいてみれば、どれほど変わったといえるのだろう。障害者は感動の道具か。こんな議論も最近は盛んだ。もっともな問題提起である

 徳島県勢3選手がメダルを狙うリオデジャネイロ・パラリンピックが始まる。感動の物語に酔おう。ただ、それだけで済ませるには、惜しい機会でもある。