大事がかなうとき、柱になるストーリーの周りに、ちょっとしたいい話が転がっているものである。25年ぶりの優勝を目前にしたプロ野球・広島の話題を一つ

 1975年10月15日、後楽園球場で行われた対巨人26回戦。球団創設25年にして、初めての優勝がかかった試合だった。広島の監督は古葉竹識さん。ここからは「戦後プロ野球50年」(近藤唯之著、新潮文庫)による

 大一番を前に古葉監督は悩んだ。レギュラーの水沼四郎捕手は、夏ごろから盗塁阻止率が目に見えて落ちていた。巨人は俊足を擁している。できれば肩のいい捕手を使いたい。迷った末、別の選手を選ぶ

 優勝を決める一戦でベンチに座る正捕手を、監督は正視できなかったそうだ。勝利を確信した九回裏、水沼捕手を起用する。初優勝の瞬間の映像に、彼の姿をとどめるためだ

 シーズンを通してマスクをかぶり、チームに貢献してきた正捕手の労に報いたのである。胴上げの大騒ぎの中で、何度も聞こえてきたという。「ありがとうございました」。声の主を探すと、そこには涙を流して監督に礼を言う水沼捕手の姿があった

 存在感を見せる帰ってきたベテラン組と、若手の活躍。今シーズンの広島の快進撃には、それだけの理由があるのだろう。その周囲にもきっと、ちょっといい話が眠っているはずである。