まさに奇跡である。鳴門市にあった板東俘虜(ふりょ)収容所でドイツ兵捕虜によってベートーベンの「第九」が演奏されてから来年で白寿、再来年で百歳を迎える
アジア初演となったこの第九は、福島県会津若松市出身の松江豊寿(とよひさ)(1872~1956年)が所長として寛大に、人道的に捕虜を処遇したからこそ生まれた。鳴門と会津、ドイツをつなぐ第九の物語
そんな第九の演奏がきのう、東京・世田谷区の二子玉川ライズと渋谷区の表参道ヒルズで、突然始まる「フラッシュモブ」という形で繰り広げられた。たまたま居合わせた人たちは、さぞ驚いただろう
史実を広く伝えたい-。二子玉川では、指揮者平井秀明さんのタクトに合わせて、第九が歌声となって流れ、阿波踊り、福島ゆかりのフラダンスが続いて披露された。平和と融和を象徴し、人を励まし、元気づける第九の力を感じた人も多かったのではないか。この様子はインターネットで世界に発信される
第九初演の地の徳島新聞と、松江の古里の地元紙・福島民報による号外も配られた。第九は、鳴門と会津の絆ばかりではなく、図らずも、いつもならすれ違う、見ず知らずの人をもつないだに違いない
史実を生んだのは人、世代を超えて引き継いでいくのも人だ。鳴門の第九、その縁は国境を超え、上寿を超えて紡がれていく。