作家ビクトル・ユゴーが「ノートルダム・ド・パリ」(辻昶・松下和則訳)の序に記す。不幸の影がさすこの不思議な言葉から物語は生まれた、と。「宿命」|。大聖堂の塔の片隅、暗い壁に刻まれていた

 大火災に見舞われたノートルダム寺院(大聖堂)は、ユゴーが「石造の交響楽」とたたえた荘厳な建物だ。パリ観光の中心となる世界遺産で、訪れた県民も多いはず。高さ約90メートルの尖塔が焼け落ちる映像に、心を痛めているのは、キリスト教徒だけではないだろう

 着工は1163年、完成まで200年近くかかった。見上げるステンドグラスの美しさ、彫像の数々。人類の財産である。フランス革命時には標的となり、ユゴーが活躍した19世紀、大規模に修復された。ナポレオンは、ここで皇帝戴冠式を行っている

 言葉を刻んだ人は既に去り、聖堂もいずれ地上から消え去る、と序文は畳みかける。大火災も宿命というなら、あまりに残酷だ

 その外見から軽んじられる鐘つきのカジモド、禁断の恋心を抱く聖職者クロード、踊り子エスメラルダ。さまざまな愛が錯綜して、ユゴーの筆は悲しい結末へと進んでいくのだが...

 大聖堂の再建を願う人々の善意が次々と集まっている。各国も支援を表明している。あらがい難い宿命だとしても、それに抗していくのが人間だ、と改めて思う。