8848メートル。世界最高峰、エベレストの頂上は幅70センチほど。まるでナイフの先端のようだったという。1975年、登山家田部井淳子さんは女性で初めてここに立った

 「女のくせに」が幅を利かせていた時代。遠征費用が集まらず、装備には廃材も使った。同行するシェルパが、見かねて渡した保温性の高い靴下をはいての登頂だった

 「生きていることは楽しい」と著書に記すが、そう思えなかった時期もあったそうだ。かつては梅、桃、桜が一度に咲いたと言われる福島県三春町から、大学進学で上京したころである

 方言が恥ずかしくて、人と話すのが苦痛でならなかった。休学もした。悩み続けた日々から救い出してくれたのが山だった

 <一歩、歩くごとに風景は変わり、見たこともない風景が見られる。登っている時はつらい坂だなと思っても、歩くことで風景が変わっていくのは、たまらない魅力でしたね>(「私には山がある」PHP研究所)。東京近郊から始め、ついには世界の頂点へ

 得意淡然、失意泰然。支えてくれる人に感謝して、称賛されてもおごらず、落ち込んだ時も堂々と。<力尽きるまで自分のペースで楽しく突き進む。目の前にある今を精一杯過ごすことが、わたしの歴史になっていく>(「それでもわたしは山に登る」文春文庫)。そのままの生涯だった。