同年代の作家が紡ぐ作品に教えられることは少なくない。「博士の愛した数式」で知られる作家の小川洋子さんのエッセーもそうだ

 「深き心の底より」(PHP文庫)に収められた「子育てとは偉大なる矛盾である」と題する小編に、出産した時の言いようのない心の震えが書かれている。<地球上の無数の生物の中から、たった一人この赤ん坊が私の子供として授けられた>。庇護を求める赤ん坊に、無力さを突き付けられているような、重い責務を背負わされているような、途方もない気持ちに陥ったとある

 その授けられた命が傷つき、傷つけられるようなことがあれば、母は自分の命まで傷つき、傷つけられたような思いになるだろう。父も、家族もそうに違いない

 過労自殺した電通の新入社員のお母さんの「命より大切な仕事はない」という訴えに胸が痛んだ。「年末には実家に帰るからね」と口にしていた、わが子が亡くなったのは昨年のクリスマスの朝

 「大好きで大切なお母さん、さようなら、ありがとう。自分を責めないでね。最高のお母さんなんだから」とのメールが最後だった。命が消えかかる前に何を思っただろう。言葉をたどり、書き写すと、無念が迫ってくる

 目の前で働く誰もが、母から授かった、たった一つの命を宿している。愛し、愛されている命である。