小さな池のような漁港を囲む集落の、軒先が触れ合うほどの通りを、行き着く先まで歩いてもどれほどもかからない。重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定される牟岐町の出羽島を訪ねた

 「もう86歳です」。途中、津波避難タワーの広場の長いすに腰を下ろしていた女性と話していたら、ぱらぱらとお年寄りが集まってきた。皆、顔見知り。島の午後、いつもの光景なのだろう

 通りの両側に、江戸時代から昭和前期の伝統的な家屋が並ぶ。横幅のある雨戸をばたんと倒せば縁台になる「ミセ造り」。古い漁村の面影をよく伝えているという

 「七夕には、ミセにごちそうを並べてねえ。『しんこ』もおいしかったあ。どの家にも七夕飾りが立って、通りはササのトンネルのよう」。一人が言うと傍らで、「そうそう」。「しんこ」は、あんを載せた細長いだんごで、子どもたちの一番の楽しみだったそうだ

 「ミセにいたずらをしては怒られて、港に飛び込んで逃げたこともある」とは85歳になる川島津儀さん。10代半ばでマグロ船に乗り、世界の海で魚を追い掛けた。ミセの記憶は、にぎやかだったかつての島の記憶と結びついている

 「そのうち、わしらはいなくなる。重伝建もいいけれど、誰もいなくなってはなあ」。空き家の目立つ通りに目をやりながら、島の将来を案じた。