いずれは来る。しかし、その時を見極めるのは難しいだろうと思う。まだ大丈夫じゃないか、大丈夫じゃないか。そうこうしているうち、その時を逃してしまうのではないか、と今から心配している

 横浜市で先月、87歳が運転する軽トラックが集団登校の列に突っ込み、6歳の児童が亡くなった。この事故に心を痛めた時宗法主、他阿真円(たあしんえん)上人が神奈川県警藤沢署を訪れ、運転免許証の返納式に臨んだ。踊り念仏の一遍上人から数えて74代目に当たる

 自ら免許を返すことで高齢者が返納するきっかけにしたいという。お年はといえば97歳。数年前までハンドルを握っていたそうだから、決して早くはない。現在も頻繁に外出し、町の人たちと交流しており、足として車は欠かせなかったのだろう。でも気が気ではなかった人もいたに違いない

 再び、わが身の場合を考える。公共交通機関の貧弱な地方に暮らし、タクシーを頻繁に使えるほどの余裕もない。自由でありたい、便利でありたい、と願っても、車がなければ諦めるほかはないことも出てくるはず

 安全運転が可能な年齢は、人によってずれがある。一律には縛れない。だから自分で選ばねば

 「もうはまだなり」という。だが、ここは「まだはもうなり」といきたい。寂しくはあるが、諦める勇気も必要だ。重大事故を起こす前に。