海があり、木々があり、生き物がいて人がいて、風が住む。日の光と月の光。本来は生命のざわめきに満ちているこの世界のふたを開け、一瞬を取り出し、島の植物・月桃ですいた1枚の紙に刷る

 沖縄の版画家名嘉睦稔(なかぼくねん)さんの作品展「風の伝言(いあい)」を徳島市のあわぎんホールで見た。帰りに思った。道路のアスファルトを剥がせば、そこからあふれかえるのではないか。いたずら者の精霊に神様も。日頃忘れている生命の営みが

 散文詩のようないい文章も書く。以下は著書「島の気分」(うすく村出版)から。沖縄本島の北、故郷・伊是名(いぜな)島での体験だそうだ

 「ブタが通ったって本当かい? 大変だ」。少年はみるみる悲壮な顔つきになった。ランドセルをしょっていたか、と訳の分からないことを言う。しばらくして、太陽に焼かれた道の砂に頬をこすりつけて泣く少年の姿を、睦稔さんは目にした

 聞けば、背中に黒い模様のあるブタを「ランドセル」と呼んで大層かわいがっていたらしい。しかし、そもそも食用の家畜である。その日は避けて通れない「別れの日」だった。それから<少年は、二度とブタに名前をつけようとしなかった>

 成長と死、幸福と不幸、過去と未来。世界は一瞬たりとて休むことなく動いている。風が伝えるその姿を睦稔さんは追う。作品展は1月9日まで。