はやりのクリスマスソングは知らなくても、「きよしこの夜」を知らないという人は少ない。この歌、ナポレオン戦争の余波が続く1818年、オーストリアはザルツブルク近郊の町、オーベルンドルフで生まれた

 詞を書いたのは、聖ニコラウス教会に前年着任したばかりの司祭モール。曲を付けたのは、オルガン奏者で教師のグルーバー。オーストリア政府観光局のサイトに経緯が記されている

 クリスマスイブの夜に歌いたい、とモールが自作の詞をグルーバーに渡したのは12月24日当日だったとも伝わる。教会のオルガンが壊れていたため、ギターで伴奏できる曲に、との条件も付けて

 聖ニコラウス教会でのモールの在任期間は、ほんの3年。2人が出会っていなければ、この著名な聖歌は産声を上げなかった。もしオルガンが使えたなら、曲調は変わっていたかもしれない。幸福な偶然が歌に結実したのである

 「きよしこの夜」が流れる欧州の、今度はドイツ・ベルリンのクリスマス市場で、再びトラックによるテロが起きた。偶然居合わせ殺された12人の迎えられられなかった聖夜を思えば、胸が詰まる

 テロをあおる身勝手な教義解釈は知らずとも、命の尊さを知らない人は少ない。犠牲者の誰が、不幸な偶然と諦められるか。全てのテロリストに告ぐ。命の重さにおびえよ。