さまざまなことがあった、この一年。幸福だったろうか。そうではなかったろうか。いずれにしても、きょう、この一日。2016年が暮れゆく日。江戸の浮世草子作者、井原西鶴は詠んだ。<大晦日定めなき世のさだめ哉>

 新潟県糸魚川市の大火で、大勢が家を失った。生活再建の道筋がほのかにでも見えてきただろうか。新聞の折り込み広告で「お詫び状」を出した火元のラーメン店主の後悔の念はどれほどか

 書類送検された広告代理店最大手の電通に、娘を奪われ1年。来月、社長が辞任しても家族の無念は変わるまい。命と等価の仕事などあるはずがない。日本独特の労働風土として「カロウシ」が世界で通用するまでになった今、「働き方改革」は急務だ

 震度7の熊本、震度6弱の鳥取。再び大地は大きく揺れた。自然災害が猛威を振るった年でもある。相模原市では、凶刃が障害者施設を襲った

 「年惜しむ」。感慨とともに行く年を見送る人は幸せだ。この季語を、自嘲気味に使った句がある。<年惜しむ程のよきことなかりけり>松崎鉄之介。だが、この定めなき世。何ほどのこともなかったわが一年も十分感謝に値するのでは、と振り返る

 バドミントン松友組の五輪制覇など、いいこともたくさんあった今年。明朝又一年。日本の国もわれわれも、また一つ年を重ねる。