今は亡き将棋の大山康晴十五世名人は、卓越した技量に加え、巧みな盤外作戦で知られた。タイトル戦では対局相手をいらいらさせるなどして、自分のペースに巻き込んでしまうのだ。人間と人間の勝負なら、それも強さのうちである

 だが…。佐藤天彦名人が今春の第2期電王戦で、最強のコンピューターソフト「Ponanza(ポナンザ)」との2番勝負を行う。現役名人とソフトの公式対決は初めてだ

 名人位の重みと歴史は、将棋界では格別である。実力制名人戦が始まって以来、名人になれなかった全ての棋士たちの羨望(せんぼう)と無念の思いがこもっている。江戸期からの世襲名人時代も含め、ポナンザ戦は将棋界の名誉をかけた戦いである

 ソフトは侮れない。近年、急速に強くなり、トップ10の棋士を破るほどだ。折しも将棋界は、三浦弘行九段の対局中のソフト不正使用疑惑に揺れたばかり

 日本将棋連盟は、不正使用はなかったと認めて三浦九段に謝罪した。図らずもこの騒動は、プロ側のソフトに対する恐れの気持ちを満天下に示す結果にもなった

 <吹けば飛ぶような将棋の駒に/賭けた命を笑わば笑え>。村田英雄さんが歌った「王将」に、今でも心が引かれるのはなぜだろう。浪花節の情念も盤外作戦も通じる相手ではないが、佐藤名人には、なにがなんでも勝ってほしい。