大正天皇の後を受けて、昭和天皇が即位したのは1926年12月25日午前3時すぎのことだ

 程なく東京日日新聞(現・毎日新聞)が号外を発行した。「聖上崩御。新帝践祚(せんそ)。新元号は光文」。ライバル社を出し抜いた世紀の大スクープである

 その日の昼前、朝日新聞などが号外で勅語を伝え、状況は一変する。「大正十五年十二月二十五日以後ヲ改メテ昭和元年トナス」。新聞に出たから、急きょ昭和に変更したとの説もあるが、そんな事実はないらしい(半藤一利著「B面昭和史」平凡社)

 「光文事件」とまで呼ばれる世紀の大誤報で明けた昭和元年は、改めて勘定すると7日しかない。1月8日からの平成元年はほぼ1年あって、さほどの違和感はなかった。元号が改まって10日とたたずに次の年というのも、さぞや気ぜわしかったに違いない

 天皇陛下の退位を巡り、政府は「2019年1月1日の新天皇即位、同日からの新元号適用」を検討している。新元号は即位の半年から数カ月前に発表する段取りを描いているという。おおむね各社横並びだから、スクープといった類いの話ではない。意図的に情報が流されているのだろうか

 退位の議論は、まだ始まったばかりである。決まってもいない段階で、既定路線のようにその後の段取りの話が進むことには、強い違和感を覚える。