何も持たず生まれ、何も持たず去っていく。その間のせいぜい百年ばかり。できれば安楽にいきたいが、そうやすやすとはいかない。時に、越えられそうにない高い山があり、深い谷がある

 それでも人は、生きていかなければならない。そんな思いを強くした取材が何度かある。どんな困難を抱えているか知りたくて、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の元へ通った時もそうだった

 全身がまひし、やがては自力で呼吸すらできなくなる病気である。現在、根本的な治療法はない。技術が確立するまで生き抜くことが、唯一の治療法だ

 患者は、既に人工呼吸器を付けるほどで、声を失っていた。言いたいことは、五十音を書いた文字盤に視線を送って一字一字伝える。取材のさなか、ベッドのそばのテレビが中高生の自殺を報じた。介護する妻が患者の視線を声にした。悩みがあるなら「わ・し・を・み・に・こ・い」

 平和運動に力を注いだ神野美昭さんが亡くなった。最晩年はALS患者でもあった。体の自由が奪われていく中、生を見詰めた日々だったろう。病床にあって核廃絶を訴え続けた

 泉のように美しい時間には限りがある。<死はそこに抗ひがたく立つゆゑに生きてゐる一日一日はいづみ>上田三四二。安逸をむさぼるほどの時があるか。人を見送るたびに瞑目し自問する。