焼け野原から再び歩き始めた頃は一歩一歩、足し算の時代だった。高度成長期は掛け算の時代である。変化の速度は格段に上がった。それでも四則演算で、どうにか太刀打ちができた

 戦後70年余り。明日の姿を割り出すのに、今では複雑な計算式が必要になっている。インターネットが社会を激変させたのである。複雑な式を用いても、正答にたどり着けるとは限らないのが悩ましい

 きのうの施政方針演説で、安倍晋三首相は、次の70年に向けて「新しい国造り」への挑戦を訴えた。「どのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で議論を深めよう」と持論の憲法改正を掲げた

 首相の考えは考えとして、向こう70年を考えた時、不確定要素のあまりの多さに、その姿がはっきりとは浮かばない。少子高齢化はどこまで進むだろう。人工知能(AI)はどこまで社会を変えるか。加えて国際関係は…

 土佐藩家老の野中兼山に、江戸から持ち帰った船いっぱいのハマグリを「末代までの土産」と海に投げ入れたエピソードがある。首相はこれを紹介し、「子や孫のため、未来を開く」とした

 憲法論議も大いにやるべきだろう。ただし、子や孫の顔を思い浮かべながらにしてもらいたい。改正が土産になるのならいい。この変化多き世紀、負債になるようでは困る。