黒板に向かって必死に書いている2人の教師。チョークの粉が新調したばかりの服の袖にかかる。1人は「これ先週買ったばかりなのに」と言いつつ白い粉を振り払う。もう1人は、粉に気づかず、何かつぶやきながら一心不乱に板書を続ける

 <いずれが、子どもたちの心をぐいとつかむだろうか。震わせるだろうか>。哲学者鷲田清一さんの「人生はいつもちぐはぐ」(角川ソフィア文庫)にある。子どもは<その姿、その佇(たたず)まいを、後ろからしかと見ているのだ>

 さて、渦中の大人たちの姿、その佇まいを、多くはどう見ているのか。大阪府豊中市の国有地が、学校法人「森友学園」(大阪市)に評価額の14%の値段で売却された問題である

 更地の評価額は9億5600万円だったが、深い土中にごみや廃材などが見つかったとの申告があり、撤去費用を差し引き、売却額は1億3400万円になったという

 評価額は、ほぼ同じ規模の、隣接する国有地より4億円以上も違った。ごみなどの撤去費用に果たして8億円余も必要だったのか。しかも、法人の意向で売却額は当初、開示されなかった。不可解で不透明である

 ガラス張りにして事実を明らかにするのが筋だろう。企業の危機管理の要諦は「隠さない、うそをつかない」だ。後ろからしかと見ている人がいることを忘れずに。