作家の出久根達郎さんに、こんな思い出がある。1997年の晩秋、ロンドンのヒースロー空港で、タレントや実業家として活躍していた大屋政子さんに出会った

 豪華な七段飾りを飾りつけた台を運ばせていた。<「あたしね、おひな様が大好きなの。外国の子どもたちも感激するの。人形って、世界共通語なのよ。平和の、共通語」>と大屋さん。出久根さんの「隅っこの昭和」(草思社文庫)にある

 フジヤマ、スシ、ブシドウ、ゼン、マンガ、カイゼン…。世界に通用している日本語は少なくない。ヒナニンギョウも、そうなっていくのかもしれない

 あすはひな祭り(桃の節句)である。思えば、勝浦町恒例の「ビッグひな祭り」が、リオデジャネイロ五輪に合わせて展示され、人気の輪を広げた。リオに渡った3千体のひな人形は全て現地の団体や海外客の手に移り、大切にされているという

 大屋さんも、あちこちに幾つも贈っていたらしいが、空港での、その表情を出久根さんは<ふくよかな童顔を思いだす。内裏さまのような、良い顔だった>と記している

 日本の、ある家庭に眠っていた人形が海外のどこかに飾られるのを、想像するのは楽しい。文学しかり、音楽しかり、創作の世界は国境にどんな壁が造られても、やすやすと乗り越える。ひな人形もそうなるに違いない。