吉野川の堤防上、置いてけぼりには慣れている。お元気ですね、と声を掛けてしまいそうな先輩方の背中が、見る見る小さくなるのを見送りつつ。42・195キロ、どうやら、道はかなり険しそうである

 10回の節目を迎えた「とくしまマラソン」まで1週間。こんなに寒くては体に悪かろう、などなど。ここ数カ月、練習をさぼる口実には事欠かなかった

 後悔先に立たず。クーベルタン男爵ばりに「参加することに意義がある」とうそぶいてみる。男爵はこれを引用し、参加するまでの努力こそ大事だ、と説いたが、号砲直前の今となっては、言葉通りの俗な解釈でお許しいただく

 ところで、こんな記録をご存じだろうか。日本が初めて五輪に選手を派遣した1912年のストックホルム大会、足袋で臨んだ金栗四三さんが持つ

 レース中、猛暑で倒れ、沿道の民家に担ぎ込まれた。このため棄権の意思が伝わらず行方不明扱いに。半世紀余り後、関係者の計らいで五輪55周年式典に招かれ、不明走者は記録54年8カ月6日5時間32分20秒3でゴールした。いわく「長い道中でした。孫が5人できました」

 日本マラソンの父となった金栗さんが言っていたそうだ。「体力、気力、努力」。いずれにも自信はないが、できれば制限の7時間以内に収めたい。出場1万4千人分の1の目標である。