都への帰途、阿波にも立ち寄った歌人紀貫之は任地で娘を亡くしている。「男もすなる-」と女性を装ってつづった「土佐日記」には、随所に子への思いが顔を出す

 <あるものと忘れつつなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける>。子を失ってしまったことを忘れ、「どこにいるのかな」と、つい尋ねてしまう。もういない、と思えばいっそう悲しみが募る

 いつかは忘れなければ、との気持ちも抱きつつ、貫之は深い喪失感と向き合っていたのだろう。二度と戻ってこないと分かっていても、逝った子の年を数える。親とはそういうものである

 とすれば、生きながら引き裂かれた親子の悲しみはどれほどか。そのつらさに、あきらめが介入する余地はみじんもない。一日たりとて忘れたことはなかったはずだ

 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の結成から20年がたった。初代代表を務めた横田めぐみさんの父滋さんはもう84歳、母早紀江さんも81歳になる。「今日も『日本に帰りたい』と叫んでいるかもしれない。(拉致された)13歳から52歳になった今まで、どんな思いでいるか、皆さんも想像してほしい」

 子を思う以上の思いはない、と貫之は詠んだ。<世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな>。情勢は厳しいが、親の思いに応えていくのが国の務めである。