涙なしには読めない記事がある。1年ほど前、本紙社会面に掲載された「記者手帳」も、そうだった。ある殺人事件の背景を伝えていた
 
 記事は、長年連れ添った妻の首に、夫が手を掛ける場面から入る。暴れる妻を押し倒し、「ごめん、ごめん」と言いながら5分以上、力を込め続けたという
 
 約40年前にさかのぼる。千グラムの低体重で生まれた長女には重度の障害があった。妻は看護師の仕事を辞し、介護に専念する。精神状態が不安定になったのはこのころだ
 
 十数年の後、娘を失うと症状はさらに悪化し、奇行が目立つようになった。夫の顔すら分からなくなった妻を見て、夫は殺害を決意した。「妻は病気と闘ってきた。もう頑張らなくていい。これ以上つらい目に遭わせたくない」。身勝手な動機と言えば言える
 
 同じような話がどのくらいあったろう。警察庁のまとめでは、2014年に全国の警察が摘発した親族間の未遂を含む殺人事件や傷害致死事件は計272件。介護や育児疲れ、金銭困窮などで「将来を悲観」しての犯行が最も多かった
 
 個人の生活に立ち入るのは難しい。苦悩する家族を孤立させない仕組みを充実させても、どれほど救えるか。先の夫は直前まで、命ある限り妻と一緒に生きていくつもりだったそうだ。そう聞けば救えたかもしれない、とも思うのである。