沖縄の米軍基地問題を考える時、2人の首相の涙を思い起こす。橋本龍太郎氏と、その後を継いだ小渕恵三氏

 米兵による少女暴行事件で基地反対運動が高まる中、橋本氏は、外務省の反対を押し切り、日米首脳会談で普天間飛行場の返還を求めた。沖縄県の大田昌秀知事に電話で返還合意を伝える際、うっすらと目に涙を浮かべていたという

 当時の経済企画庁長官、田中秀征氏によると、「よく返還を切り出しましたね」と尋ねたところ、「沖縄の人たちは戦中、戦後を通じてわれわれ本土の人たちの犠牲になってくれたと言えるんだから」と返してきた

 沖縄は地上戦で20万人の犠牲者を出し、戦後は米軍基地が集中する。大学時代から行き来し、つぶさに見てきた小渕氏は沖縄の苦悩を語り、時に涙した

 よく触れたのが、沖縄戦を指揮した旧海軍の大田実司令官の話。司令官は自決前、海軍次官宛てに電報を打つ。「沖縄県民かく戦えり。県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」。それに応えたのが沖縄でのサミット開催だったのだろう

 一昨日の衆院沖縄3区補選では自民候補が、普天間飛行場の辺野古移設に反対する候補に敗れた。「沖縄に寄り添う」と言いながら、安倍晋三首相はそれでも、沖縄の民意に向き合うつもりはなさそうだ。2人の元首相が泉下で泣いていよう。