<職に就いて何年かするうちに、精神にたこができて、ある種の決まった物の見方をするようになり、一定数の紋切型だけで食いつなぐようになる>(鹿島茂訳)。バルザック「ジャーナリストの生理学」によると、これが新聞記者の習性である
 
 19世紀のパリで活躍していた記者へ向けた強烈な皮肉だが、はてさて21世紀の今日ですら、違和感なく受け入れられるところに大作家の眼力をみる、と感心している場合ではない
 
 ネットジャーナリズムの進展で新聞というメディアが「旧」に属する部類になっても、大新聞は大新聞なりに、地方紙は地方紙なりに、小欄も小欄なりに日々知恵を巡らせてはいる
 
 うまくいっているかどうかは、紙面で判断していただくほかはないが、こんな評価を受ければ恥ずかしながら、やに下がってしまう。「新聞読めば分かる」(本紙9日付朝刊2面、見出し)
 
 読めば、大いなる勘違いだった。改憲を巡る野党の質問に、安倍晋三首相は「党総裁としての考え方は読売新聞に書いてある。それを熟読していただきたい」と衆院予算委で述べたそうだ。ならば、話は別である
 
 国会軽視と受け取られかねない発言だ。勘違いしてもらっては困る。日本の新聞は権力の代弁者ではない。大事なことは自らの口できちんと説明するべきで、かわす場面ではなかった。