沖縄県八重山諸島の由布島は、全島が亜熱帯植物園になっている。西表島から水牛車で遠浅の海を渡る。車を操る男性は、牛を追って何十年といった風情。のんびりと進む道すがら、土地の民謡を聞かせてくれた

 帰りの便に乗り合わせたのは7、8人だっただろうか。「十九の春、を」と隣の若い女性。ではいきましょうかね、と三線(さんしん)を抱え、男性は歌い出した。「私が~あなた~にほれたのは~ちょうど十九の春でした~」

 次の瞬間、女性は両手で顔を覆った。号泣といっていい。「~もとの十九に~しておくれ」。歌の続きを聞いて、何となく事情が察せられた

 語るべきことの多い島々である。けれどもきょうは、過度に集中している基地の問題を避けては通れない。沖縄の本土復帰から45年がたつ

 基地が拡大したのは米軍の治政下、戦後のこと。復帰後も「本土並み」には程遠く、基地絡みの事件事故が続発している。負担軽減は牛の歩み。引き受け手がないため、県外移設はまともに取り上げられず、政治も汗をかこうとしない

 旅人の心を洗う癒やしの島。ただし涙の量を比べれば、土地の人たちの方がはるかに多い。重荷を背負う人にさらに荷物を押し付ける。名護市辺野古での新基地建設とは、つまりはそういうことだ。沖縄以外の自治体、要するに私たちの問題でもある。