「おやじは『3等兵』ということになっている」。九州の友人が、最近手に入れたという資料を見せてくれた。もちろん、旧日本陸軍に3等兵なる階級はない。何があったのか
「おやじ」は決して戦争の体験を語ろうとはしなかった。記録も本人が処分し、シベリアに抑留された以外は何をしていたか、全く謎だった
特務機関にいたとか、諜報(ちょうほう)員を養成した陸軍中野学校にいたとか、人づてに聞いたことがあるそうだが、それも事実かどうか。亡くなったのを機に国へ問い合わせ、届いたのが先の資料、旧ソ連が作成した個人調書である
厚生労働省社会・援護局援護・業務課調査資料室によると、ロシアから提供された抑留者登録カード70万人分、個人資料47万人分を保管しており、本人や家族から請求があれば、必要な所を翻訳し、無料で写しを送付している
「何で3等兵と言いよっちゃやろうか」。戦犯追及などを恐れ、ソ連軍の聞き取りに、まともに答えなかった人も多かったようである。複雑な事情を抱えていたのかもしれない
「おやじ」が漏らした一言がある。「戦争はいかんばい」。謎の多くは残ったままだが、そんな父親に少しだけ近づけた気がする、と友人は言う。抑留者総数は推計57万7千人。その一人の物語。資料は家族の記憶として大切に引き継いでいくという。
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