「姑(しゅうとめ)の涙汁」とは、ごくごく少ないことを言う。姑は、嫁への同情の涙をめったに流さないからだとか。江戸のことわざ集にある

 この川柳も同時代。<物さしを娵(よめ)へなげるはうつくしひ>。繕い物でもしていたのだろうか。物差しを、と言われて嫁に放り投げる。ひどい仕打ちである。こんな冷たい態度が美しいとは

 「江戸川柳便覧」(三省堂)を引くと、これにはちょっとした事情がある。物差しを手渡しすると仲が悪くなるとの俗信があり、それを知っていたから姑は投げた。愛情のこもった美しい情景である、と句は言いたいようだ

 姑に百景あり。ありきたりな演技になりがちの姑や母を奥行き深く表現し、芝居を引き締めたのが、俳優の野際陽子さんである。きりりとした格好よさを生涯失わずに逝った

 著書「70からはやけっぱち」(KADOKAWA)に、アゲハチョウの幼虫を育てたエピソードを記している。<蛹(さなぎ)になって、10日くらいで羽化し、一時(いっとき)娘の指に止まって羽ばたいた後、秋の青空に向かって勇んで飛び立っていきました>

 老いを意識する年齢になって、ますます小さな命に対する興味が強くなったという。「震災や原発、憲法のことなど最近は何だかおかしい」。戦争を経験した世代。全ての命をいとおしんでの発言なのだろう。旅立った梅雨の青空を見る。