ありがたいことに、本紙をこの欄から読み始めてくださる方が結構いる。食事中なら、今日ばかりは目を通すのを後にしていただけるとありがたい

 体験者でなければ語れないことがある。主力空母4隻が沈められ、太平洋戦争の転機となったミッドウェー海戦。大阪市の瀧本邦慶さんはそのうちの1隻、「飛龍」に乗り組んでいた。自艦沈没後、収容された戦艦での体験は、95歳になる今も鮮明だ

 「焼き肉の腐ったようなにおいが艦内に充満していたんですわ」。負傷兵が大勢横たわっていた。飛龍もそうだったが、攻撃を受けた際に大火災が発生し、多くがひどいやけどを負っていた

 内地帰還後、入院した病院で「隔離」された。海戦を報じた1週間前の新聞を読み、理由が分かった。「わが方の損害は1隻撃沈、1隻大破だと。大本営はうその発表をしていたんですわ」。傷が癒えると南洋の最前線に送られ、戦友の半数は飢えて死んだ

 小松島市であった講演会では2時間立ったまま。戦争を語れば「左巻き」といわれるご時世に嫌気も差すが、これだけは、と声を張り上げた。「国は平気でうそをつく。もうだまされてはいけない」

 子や孫の平和な未来を願えば、戦争体験者の生の声がいかに大事か。講演会を続ける「たつえ歴史教室」の廣田正大さんらは、語り部を探している。