「ええで、ええで」で有名な上田利治さんだったが、プロ野球の監督時代に徹底したのは、意外にも「和して同ぜず」だった

 阪急(現オリックス)の指揮を執り、日本シリーズ3連覇を果たし、日本ハムでも監督を務めた。語り継がれるのは、阪急監督時代の1978年、ヤクルトとの日本シリーズ。本塁打の判定に「ファウルだ」と抗議を続け、1時間19分の中断を招いた。頑として動かない、そんな一面があった

 知将、闘将で知られた上田さんの話を聞いてみたい。支局記者で宍喰町(現海陽町)を回っていたころ、「監督が帰郷することがあったら教えて」と誰彼となくお願いしていた

 インタビューがかなったのは、それから10年後の2004年。故郷にエールを送ってもらう企画だった。野球殿堂入りした翌年で「頑張るぞという思いにさせてくれるのが宍喰」と上田さんは切り出した

 「人との調和は大事だが、人の意見に安易にひきずられたり、妥協したりするな、を基本にした」。監督時代の経験に触れ、海部の各町が持ち味をしっかり出し、気持ちを通じ合わせるのが大切とも

 取材は長引き、傍らから何度か「そろそろ」と声が掛かった。そのたびに「まあ、ええでえ」と制してくれたのが懐かしい。古里の人に「とっしゃん」と慕われた人情家。涙で送る人も多かろう。