<余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス。宮内省陸軍ノ栄典ハ絶対ニ取リヤメヲ請フ>。文豪森鷗外の遺言の一節である。鷗外が死の3日前、親友の賀古鶴所に口述筆記させたものだ
 
 医師であり、陸軍軍医総監まで務めた人生に決別し、故郷石見に生を受けた一人の人間として死ぬのだという決意が、うかがえる。読むたび、その潔さに心を打たれる
 
 2012年に開設された東京の文京区立森鷗外記念館は、鷗外が亡くなる年まで過ごした旧居「観潮楼」の跡地にある。7月限定で冒頭の遺言書のオリジナルが展示されている
 
 小説「舞姫」の舞台にもなったドイツへの留学や、日清、日露戦争に従軍するなど、さまざまな任務を果たした鷗外には、陸軍第十二師団軍医部長として、九州・小倉に赴いた経験もある。事実上の左遷で、鷗外は辞職も覚悟したというが結局、人事を受け入れた。<死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ>。陸軍での挫折も成功も、この世限りのものである
 
 それから1世紀近く。何とかして自分の名を後世に残したい。そんな世俗の願いが、心の隅々まで染みついたような政治家が目立つ
 
 東京・三鷹の禅林寺にある鷗外の墓には、今なお線香が絶えない。記念館でも、墓前でも鷗外をしのぶ人が多いだろう。その高潔さに、心を洗われながら。きょうは、鷗外忌。