ある会席で、ふと広げた市販の扇子が話題になった。あしらわれていたのは印象的な絵柄だった。ぐっと突き出した顔、パッと開いた両手。誰もが知っている江戸時代・寛政年間の役者絵である
 
 作者は東洲斎写楽。写楽は写楽であって、ほかの何者でもないが、浮世絵を残したのは1794年5月からわずか10カ月間。その後こつぜんと姿を消している
 
 徳島ゆかりの人物かもしれない。そんな可能性が示唆されていたのは、浮世絵師の人名辞典ともいえる「増補浮世絵類考」の記述だった。「写楽 天明寛政年中の人 俗称斎藤十郎兵衛 居江戸八丁堀に住す 阿波侯の能役者也」
 
 ところが、実在を裏付ける史料が見つからず、「写楽捜し」は熱を帯びた。いくつもの説が浮かんでは消え、消えては浮かぶ中、埼玉県越谷市の法光寺で斎藤十郎兵衛の過去帳が発見され、決着をみたのである。「八丁堀地蔵橋 阿州殿御内」。それから20年がたつが、写楽といえば徳島と連想する人は少ない。写楽も苦笑いを浮かべているに違いない
 
 ならば徳島で作品を。あすから徳島市のあわぎんホールで浮世絵展「写楽・歌麿とその時代」が始まる。大胆で巧みな写楽の役者絵と共に、喜多川歌麿の美人画など145点が公開される
 
 写楽、その人はほぼ特定されたが、古里での顕彰はこれからである。