広島の町を焼き尽くす真っ赤な炎の中に、憤怒の不動明王がいる。日本画家の故平山郁夫さんが、原爆が投下された広島を描いた「広島生変(しょうへん)図」だ。原爆への怒りと鎮魂、平和への願いが画面からあふれる

 平山さんは15歳の時、学徒勤労動員先の広島の陸軍施設で被爆し後遺症に苦しんだ。30年近く前、中国・北京の中国美術館でインタビューした際、平山さんは「絵を描くうちに体が丈夫になってきた。絵を描くのは私の宿命だと思った」と話してくれた

 その声の向こうに無数の被爆者の叫びを聞いた。原爆の深い傷と戦いながら戦後を生きてきた人たちの。怒りと悲しみを集めた本のページを繰る作業は終わりそうにない

 <子どもが一人おらんなった思ったら、偶然でくわしたが、全然口がきけなくなっていた。次の日の三時頃「おかあさん」と一言だけ言って死んだ。体はきれいだったのに>(「ヒロシマ・ナガサキ 死と生の証言」新日本出版社)。広島の爆心地から2キロで被爆した女性の証言だ

 広島、長崎への原爆投下から72年。生変図の光景は過去のものではない。北朝鮮の核・ミサイル開発は暴走の危険をはらんでいる

 原爆の日のきょう、広島市の松井一実市長は平和記念式典の平和宣言で、核廃絶への決意を新たにする。安倍晋三首相は被爆者の心にどう寄り添うのか。