青函トンネルが、まだ工事中だった夏、青森県津軽半島の北端、竜飛崎で一夜を過ごしたことがある。終点までバスに乗り、漁港から野営地へ向かった。正式な国道でもある階段を上り詰めると、もう津軽の海へ転がり落ちるばかり。北海道が見えた
 
 夏の甲子園。二回表、だめ押しになりそうな2点本塁打が飛び出し、テレビを消した人は残念だった。今大会で退任する新潟県代表・日本文理の大井道夫監督に「野球は油断できないね」と言わせた鳴門渦潮の粘りには、勝ち負けを超えた見どころがあった
 
 一方的な試合へ転がり落ちようとするチームを救ったのが、強力打線を相手に「想定外」(森恭仁監督)の好投を見せた鈴江竜飛投手。松﨑健太主将のリードも光った。好守あり、ランナーコーチ竹内虎太郎選手の好判断あり
 
 「たら」「れば」が意味をなさないのは歴史だけではない。違った展開があったかもしれないが、きのう、あの瞬間の渦潮ナインのベストゲームだった
 
 青函トンネルが開通して30年近くになる。<今では女房子供持ち/思へば遠く来たもんだ/此の先まだまだ何時までか/生きてゆくのであらうけど>(中原中也)。君らだってこの先-
 
 真っ白な渦潮のユニホームを真っ黒にして、徳島の高校球児の中で一番最後まで戦った夏を、何度も思い出すことだろう。