泣くなよしよしねんねしな。「赤城の子守唄」が流れていたころか。1934年に美馬市脇町の脇町劇場はできた

 同じ年に生まれた赤ん坊が還暦を過ぎたあたり、取り壊しの話が持ち上がる。それを乗り越えるきっかけとなったのが、山田洋次監督の映画「虹をつかむ男」だ

 脇町劇場こと「オデオン座」の館主として主役を務めたのは西田敏行さん。96年に亡くなった寅さんこと渥美清さんにささげる作品だけに、身が引き締まる思いだったのだろう。出演が決まり、撮影前に脇町を訪ねた

 福島県郡山市出身の西田さん。その市内にたった一つあった映画館「ミドリ座」と<脇町に残っていた映画館の建物の風情がよく似てるんですよ>。「役者人生、泣き笑い」(河出書房新社)でそう述懐している。少年のころ、映画を見て感動したことで<人間っていいじゃないか>と思ったとも

 自伝を読みながら、浮かんでくるのは撮影を見守り、支えた人たちの顔、かつて立ち見覚悟で脇町劇場に通い詰めた人たちの顔。俳優らの阿波弁だ

 「虹を―」はシリーズとして定着しなかった。オデオン座は83歳。街が秋色に染まるたび、21年前のロケを思い出しているに違いない。こうも思っているはずだ。館主の「かくも長き不在」には耐えられない、吉野川に虹をかけてほしい、ぜひ続編を、と。