いいものは、ひっそりとある。行基開創と伝わる豊楽寺(高知県大豊町)の国宝薬師堂は、四国で最も古いとされる建物である。吉野川沿いの国道から、車1台分の道を、向かいの尾根が真っすぐ見通せるほどまで上がった所、大木に囲まれて立つ

 入母屋造り。簡素にしてどっしり。こけら葺(ぶき)の屋根の緩やかな曲線が美しい。平安末期、1150年ごろの建造で、国風文化が花開いた藤原時代の特色をよく表しているという。<正に鳳凰(ほうおう)の飛翔せる形>と説明板にはあった

 何度か修復されている。1572年には台風で境内の大杉が倒れて破損。戦国武将の長宗我部元親が補修を手掛けた。寺社をことごとく焼いた、あの長宗我部か、と阿波の衆には極めて評判が悪いが、後につくられた話も多いようである

 豊楽寺の関連資料には、祖谷の勢力を配下に引き入れるなどし、阿波西部に影響力を伸ばしていった様子が記されている。寺はその拠点だった

 お堂の前の立派な手水(ちょうず)石は、どのくらいの重さがあるだろう。近在の人が下の吉野川から運んだという。3年かかって人力で、じわりじわりと斜面を引き上げていったのである

 重機やトラックのある今なら何日とかかるまい。堂の建立から約900年がたつ。スピードは得たけれど、その分…。殊勝な気持ちになるのもこれ、仏の功徳か。