4月生まれは果たして損か得か。同級生で一番早く年を取り、1年近く後に生まれた者からは呼び捨てにされる。逆に、低学年の頃は発育が良い分、有形無形の余得があった気もする

 学年はどうして、3月と4月の間で区切ってるんだろう。わが身を恨めしく思っていたら、ひょんなことから、正確な区切りは4月1日と2日の間と知った。1983年夏の甲子園、準決勝の時である

 常勝池田高を完封したPLの1年生、桑田真澄投手は4月1日生まれ。正真正銘、最年少の高校生だった。3月末が区切りなら。桑田投手が1日遅く生まれていれば。くだらぬタラレバ話に浸った記憶がある

 12分の1の確率は、この世に生まれ出た者に付きまとい、自分では選べない。しかし、今年は未来の幼いクラスメートを1対11に分けてしまうような気がしてちょっと複雑な気分だ。平成と令和の間の一線が、4月30日と5月1日の間に引かれたからだ

 気の早いテレビ番組は「あと何日」のカウントダウンを始めた。その日、時計が午前0時に差し掛かると、新聞やテレビは「令和初の赤ちゃん誕生」を取材しようと躍起になるのだろう

 わずか1日の差、突き詰めれば時計の針1秒分の差に、どんな意味があろうか。4月の平成ベビーも、5月の令和ベビーも、日本に生まれてくれた無上の宝物だ。